元気に生きようシニアの生活ブログ

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新しい犬を迎える決心が!愛犬を亡くして一年

      2016/09/05

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亡くなった愛犬への愛着が切れなかったのですが、骨を埋めて少し前に進める気がしてきました。

はじめに

昨年、愛犬を亡くしたことを書きましたが、気持ちの整理も含めて、いろいろ落ち着いてきました。

愛犬の骨を、土に還したことがきっかけに、少し吹っ切れたので、とりとめないですが、最近の心境について、少し書いてみます。

 

そもそも、人はなぜペットを飼うのか?

私の場合

小さな頃から、私の周囲には犬や猫がいました。

でもそのころは、自分で育てた犬を死ぬまで世話をしたようなことは、ありませんでした。

よく想い出すと、いくつかの楽しい思い出と悲しい思い出はあります。

ある時、小学生の頃、大きな迷い犬が家に来て、しばらく可愛がって家に置いたことがありました。かなりの大型犬だったので、すぐに飼い主は見つかるはずと家族も考えていたようです。

犬種は今となっては不明ですが、記憶を辿ると、秋田犬かラブラドールであったと思います。

なかなか飼い主は現れず、私が学校から帰ると出迎えて喜んで飛びついてくるくらいに、よくなついて来た頃、ある日学校から帰るといなくなっていました。

親が、保健所に連れて行ったということでした。

その時のことを思い出すと、今でも悲しさが蘇り、胸が詰まるような感覚を覚えます。

成人して家を離れてから、父親が、雑種の小さな犬を飼っていました。

その犬は、頭の良い子で、時々しか帰らない私をよく覚えていてくれましたが、病気で5歳くらいで亡くなりました。

その子の写真は今でも持っています。

私が家族の一員としての犬を飼い、一緒に暮らし、そして死ぬまで看取ったのは、結婚して、子供が大きくなり、家を持ってからでした。

その時に大型犬を飼うことになったのは、子供の頃の悲しい思い出が関係しているかもしれないですね。

誰に何を教えられるわけでもなく、とにかく私は小さな頃から犬が好きだったことは事実です。

ペットを飼う理由の変化

日本では、犬、猫の飼育数はそれぞれ約1000万頭(2014年)と言われていて、少し減少しているようです。

減少は不況のためではないかと言われています。

現在、人々が家庭で犬、猫を飼う理由は私が子供の頃の家庭が犬を飼っていた状況とはかなり異なると思います。

昔は、犬は番犬であり、猫はネズミを取るという、”役に立つ”存在であることが家庭で犬や猫を飼う主たる(表向きの)理由であったのに対し、今は、人々が、「結びつき(絆)」の対象として、彼らの存在を位置付けているようです。

このような関係は、人類動物学の研究により、明らかにされつつあり、最近では、動物をペットと呼ばないで、コンパニオンアニマル(伴侶動物)として位置付けます。

動物と飼い主との間の感情的な絆により、ストレス解消などの精神面を含めた健康への効果も、科学的に確認されているようです。

理屈はともかくとして、人が子犬や子猫を可愛いと思うのは、まずは本能的な部分があると思います。

その後、動物たちを伴侶として、もちろん家族の一員として、共に永く暮らしていくのです。

さて、シニアにとっても、共に暮らしていくことよって享受する人間への恩恵は、健康面も精神面も、計り知れないものがありますね。

その中で最も一般的に言われているのは、絆の確立とストレスの減少でしょうか。

様々なテストによって飼い主と動物の関係が深いほど、これらの効果があることが示されているようです。

(絆は幸せホルモンとも呼ばれるオキシトシンの増加で測定でき、ストレスはコルチゾールというホルモンの低下によって測定できるということです。)

これらの伴侶動物は常に我々を受け入れてくれます。

人間同士との交流では得られない、とても親密な、接触を伴う関係を築くことができます。

これらの効果は、働き盛りの現役世代にも有効ですが、退職した年代で、社会的な対人関係が希薄になった人にも、数少ない心を許せる伴侶としての役割を果たしてくれるでしょう。

社会的な人間関係が減っているシニアにとっては、同じように伴侶動物を飼う人たちと、ごく自然な関係の構築が可能になります。

これは、本当にいつも思いますが、犬を連れて散歩していると、知らない人と挨拶するし、それをきっかけに知り合いになることが非常に多いですね。

新しい犬へと進めない障壁

シニアの生活に、癒しを与え、かつ、散歩で健康を保ってくれるのが、犬との生活です。

間違いなく。

それなのに、次の犬を飼う段階へ進めない理由は、私にとっては、そして妻にとっては、結局3つありす。

一つは、亡くなった前の犬への想いが断ち切れていないということ。

二つ目は、妻の両親の介護が大変ということで、(いや、それを理由にして、)妻が新しい犬を買うことをためらっている状況にありました。

三つ目は、新しい犬の寿命が10年から15年とすると、自分の寿命が先に尽きるかもしれないという、不安です。

梅雨の合間に、前の犬の骨を、庭の土に帰しました。—> 関連記事「愛犬、土に還る」

その時に、最初の課題が吹っ切れた気がします。

そして、妻の両親の介護の見通しが、うっすらと見えてきたので、そろそろ、次の段階へ進めるような気がします。

あとは、三つ目の障壁を越えるために、自分の健康寿命を延ばすためのチャレンジを決心すること。

さらに、もし何らかの理由で買えなくなった時に、面倒を見てくれる人(仲間)の確保です。

近所の犬好きの人たちのコミュニティで、この最後の点は、任せてね、と言ってくれる人がいるので、何とかなるかな。

おわりに

新たな犬を飼う決心は、今まさに、妻との話し合いの中で、動きつつあります。

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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

元気シニア

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